緑化ブログ

初秋の大和路・・・飛鳥残照、吉野山嶺の踏み分けて・・・万葉のセダムはいずこに?

カテゴリー:セダム タグ:, , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , 2015年09月29日

秋の風に吹かれてもいいじゃないかと急に思い立ち、万葉のセダムは何処に?と北陸路・金沢から

大和路は飛鳥(あすか)へとを求めました。

 

【第一日目】

 

風の赴くままで事前調査もなく、宿でマップをもらい、とりあえず自転車を借り、愚妻と一緒に久々に

♪ みどりの風も爽やか・握るハンドル・心も軽く、・・・サイクリング、をします。

 

《飛鳥路マップ》

① 飛鳥路マップ

 

 

先ずは、神武天皇・聖徳太子もお通りになった磐余の道(いわれのみち)から日本最初の本格的仏教

寺院であった山田寺を巡り、飛鳥資料館で作戦タイム、全貌を把握し周遊コースを決めます。

ちょうどお昼となり、近くの「山の辺」というお店の柿の葉寿司を買い、昼餉とします。

この「山の辺」の柿の葉寿司、魚・米・塩・酢の素材にこだわりと丁寧な仕事を感じます。

出来立てなので各素材の新鮮なふくよかさが口に広がり、ほんのりゆずの風味も。

ひと段落して、飛鳥坐神社(あすかいますじんじゃ)。

男女和合の有り難い神様で、境内にある同祖神の陽石と陰石、その大らかさには目のやり場に困ります。

 

 

そして南に下り小原の里。

ここは大化の改新の功績者、中臣鎌足(後の藤原鎌足)の誕生地。 藤原鎌足の産湯の井戸が残ります。

 

 

② 飛鳥路・自転車

 

 

《小原の里》

初秋の飛鳥路、里山の風景の中に彼岸花がそこかしこ。

愛車を「フライング・バード壱号」と名付ける。

ちなみに愚妻の自転車は、「フライング・バード弐号」。

 

 

 

 

 

 

西に浄御原宮(きよみがはらのみや)の水落遺跡から飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)へ。

水落遺跡は、西暦660年、中大兄皇子(後の天智天皇)が造った日本初の水時計の遺跡です。

 

 

③ 水落遺跡

 

 

《水落遺跡―漏刻台跡》

二階建ての楼閣に、漏刻と呼ばれる時計を一階に、

二階を鐘楼として時刻を告げていたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万葉集には、笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌として、

 

皆人よ 寝よとの鐘は打つなれど 君をし思えば 寝ねかてぬかも

(訳) みんな もう寝なさいと鐘は打つが、あなたのことを思うと寝られない

 

 

 

 

既に奈良時代には、鐘の音が日常生活の一部となっていることは、大変興味深いことです。

 

 

 

また南へと、蘇我馬子が発願の飛鳥寺(あすかでら)に。

ご本尊は、名匠・鞍作止利(くらつくりのとり)仏師が造った日本最古の仏像、飛鳥大仏。

1300年の幾多の興亡を経てもなお、ずっとこの場所に鎮座まします希少な仏様とか。

開眼当初の止利仏師の丹精込めたところはお顔・左耳・右手の数本。 ご災難にもかかわらず穏やかな

お顔には悠久のご慈悲が感じられます。

飛鳥寺の裏手50m程の所に、入鹿首塚が小さく水田の中に。

その水田には大・中・小のタニシが幾重にも折り重なっていました。(タニシ田楽、最近見ないなぁ~。)

 

 

 

④ 飛鳥大仏⑤ タニシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《飛鳥大仏》                            《飛鳥寺・裏の水田の中のタニシ》

お痛わしや!傷跡がいくつも。                    親タニシ・子タニシ・孫タニシ、皆こけた!

 

 

 

そして飛鳥板蓋宮。

中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を誅殺したのはこの宮殿、大化の改新の第一ステージです。

 

 

⑥ 飛鳥板蓋宮

 

 

     《飛鳥板蓋宮》

入鹿誅殺の場、大極殿跡かも?

 

 

 

 

 

 

 

 

更に大きく南下し有名な石舞台古墳から北上、聖徳太子誕生の地、橘寺(たちばなでら)に。

境内には、約1m程の石造物で人の心の善悪を表現した二面石、左右に善相と悪相が彫られています。

二面では写真が撮れず、善相に某が、そして悪相に愚妻が、その被写体にあった記念撮影を・・・。

 

 

 

⑦ 橘寺-黒揚羽蝶⑧ 橘寺―遠景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《橘寺のクロアゲハ》                        《河原寺跡から橘寺を望む》

 

 

この辺から高松塚古墳の文字が見えたので、里山の風景を賞でながら一気に南下。

行きはヨイヨイ帰りはきつい登り坂を愛車ころがし北上。

里中満智子の漫画「天上の虹」に描かれる天武・持統天皇御陵を巡り、亀石へ。

 

 

 

⑨ 亀石

 

 

 

《亀 石》

猫背、いや亀背でニコニコ、なんともユーモラス。

クール・Japanの先駆け??

 

 

 

 

 

 

帰りに寄ったコンビニ、風景を損なわない風致条例があるのか、屋根は淡い灰色のカワラ屋根。

数十年ぶりのチャリ漕ぎ、フクラハギや太腿が筋肉痛、今宵は心地よい眠りです。

 

 

 

【第二日目】

 

一挙に西へ。

畝傍(うねび)山の麓、初代・神武天皇ご即位、日本国建業の地とされる、橿原神宮(かしはらじんぐう)。

ここで初めて御朱印帳なるものを購入、折角なので日本最古の神社とされる大神神社、“花の御寺”と

して「源氏物語」に登場する長谷寺でも御朱印を。 ここは境内・建物が均整のとれたきれいなお寺。

 

 

 

⑩ 橿原神宮―御池の浮島⑪ 長谷寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《橿原神宮―神池の浮島》                      《長 谷 寺》

カモとカメが仲良く!                        長~い、きれいな登廊。

 

 

 

お昼をめがけて、皇室が両立した14世紀の南北朝時代、南朝の皇居のあった吉野へ。

私的な志向を気取られないようにツレには、「柿の葉寿司の食べ比べも、いっすね。」ということで、

興味を向けます。 あやまたず乗ってきよりました。

 

 

護良親王・南朝緒戦の金峯山寺(きんぷせんじ)、谷向かいには小楠公・楠木正行が出陣にあたり

鏃(やじり)で、扉に一族の名を過去帳と刻むとともに辞世の句を残した如意輪寺。

 

 

かゑらじと かねて思へば梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる

(訳)この戦いでは生きて帰れぬ身であるために、この正行と一緒に死にゆく人の名を、せめて残していきます。

※正行、享年23歳。 死を覚悟した若者の清々しくもなんとも切ない辞世です。

 

 

そして南朝四代天皇の皇居、吉水神社。                《吉水神社》後醍醐天皇玉座

源義経潜居・静御前との別れの間、そして後醍醐天皇玉座。⑫ 南朝皇居

義経所用の鎧など、多くの所縁の展示の品々に唸ります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***** 大和路―美味礼賛 *****

吉野といえば、柿の葉寿司と吉野葛、一挙、公開します。

 

 

(柿の葉寿司)

数ある店で、お昼は「やっこ」というお店で作り立てを。

口の中に入れると、主役の米ときつい塩気のサバ、そして酢と塩が強烈に主張しあい、そのうちに

混然一体化して調和するような、なんとも言えないプロセス。

良質なお酒を飲んだ時のような芳醇な味わいが広がります。

吉野では、お店で駐車できる場所を聞くと、お店の敷地に駐車させてもらいソゾロ歩き。

※「やっこ」さん、その節はありがとうございました。

美味しかったので夕食用に、また他に「ひょうたろう」・「醍予」の三つも折詰を購入。

以下は折詰包装・寿司ともに、左より「ひょうたろう」「やっこ」・「醍予」。

 

 

⑬ 柿の葉寿司(包装)⑭ 柿の葉寿司(照り)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●「ひょうたろう」・・・ 一日目は、塩気が強い割に酢飯が甘く、「やっこ」と趣きの違う味。

二日目は、米・鯖・塩・酢が驚くほど別物のように馴染んで調和。

 

●「やっこ」   ・・・ 作り立てはお昼で。 ※写真中央でテカリが際立ちます。

二日目は素材が馴染んで一体化するものの、福井のへしこの浅漬けとも思えるようなサバが
自己主張。発酵熟成しているほどの味わい。

 

●「醍予」    ・・・ 一日目・二日目共に、素材が主張しない上品なお味です。

まだ沢山のお店があるようですが、我が家では三日間は柿の葉寿司づくし、となりました。

 

 

(吉野葛)⑮ 吉野葛―くずきり・お干菓子

和のスイーツの王者、吉野葛。

下千本近くの道沿いに、嘉永年間創業のお店。

吉野葛の葛きり・お干菓子、御抹茶のセット。

糖蜜は黒糖の濃密な味わい。

お干菓子は、少し金沢の落雁に似ているものの、

甘味控えめ、あっさり上品なお味でした。

 

 

 

今回、古代セダムを探すつもりが大きく脱線。

次回は本道に戻ろうと思いますので、ご容赦下さい。

 

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